小中高生の皆さんへの入学案内
(そしてかつてそうだった皆さんへ)
高山 明
『マクドナルドラジオ大学』はアートプロジェクトです。本物の大学ではありませんが、町のなかで学べる「学校ではない学校」です。誰でも「入学」できます。皆さんに入学していただくにあたり、どんな「学校」なのかを説明したいと思います。小学生の皆さんには少し難しいかもしれないので、分からないところは大人の人に解説してもらってください。
このプロジェクトは、ヨーロッパの難民危機に応答するかたちで、2017年にドイツのフランクフルトで始まりました。2014年の暮れごろから、戦争に苦しむたくさんのシリア人が、自分の命を守るために母国を去り、ヨーロッパに避難してきました。中東のシリアだけではありません。アフリカからもたくさんの人が戦火を逃れてヨーロッパにやってきました。彼らの多くはギリシアまで小さなボートで渡り、その後バルカンルートという道を歩き、何週間も何ヶ月もかけてヨーロッパの西へと移動しました。私はこの頃フランクフルトにいましたが、中央駅は難民で溢れ、町の景色を変えてしまうほどでした。
アートや演劇は、この危機にどう応答できるかを必死に模索していました。難民を受け入れ、多文化・多民族が共生できる道を探ろうとしたのです。劇場や美術館には難民を扱う作品が溢れていきました。難民の苦難の物語が作品化され、客席には意識の高いいつもの観客がいて、かわいそうだと涙を流したり、議論を交わしたりしていました。そんななか私はまったく動けずに、どうしてよいか分からない状態が1年ほど続きました。
そこで難民の人たちにお話を聞かせてもらうことにしました。フランクフルト、アテネ、ベルリン、ウィーンなどでインタビューをさせてもらうと、避難の途上で彼らの多くがマクドナルドに立ち寄っていることが分かりました。なぜなら、マクドナルドに行けばご飯を食べられる、人と会える、暑さ寒さをしのげる、そしてwi-fiが使えてスマホの充電もできるからです。スマホは彼らにとって生命線で、どこの国境が閉じられているとか、今あそこに行ったら逮捕されるとか、そうした情報を得ることができるし、スマホがあれば母国に残してきた家族や友人と話ができます。マクドナルドは彼らにとって「セーフティネット(安全網)」なのでした。
ドイツに来たほとんどの難民は、日本と違って保護され、受け入れてもらえます。しかし、そのための条件として、ドイツ語やドイツの習慣を学ばねばなりません。例えばシリアから来た難民は、語学学校で何ヶ月もの間ドイツ語を勉強します。彼らはドイツ語を学んでいる限り、食事や住むところを提供されます。これは素晴らしいことに思えますが、彼らの話を聞くと、自分が「難民」以外の何者でもなくなってしまうことに苦しんでもいました。「わたし」が「わたし」として成立するために帰属するもの-「アイデンティティ」-が、「難民」でしかなくなってしまう危機です。母国で何をしていたか、本当はどんな人間か、どんな信念を持っているか、何が一番得意か・・といったことは問題にされず、ドイツから何かを学ぶ「難民」になるしかない。「難民」でいる限り生きていけるし、「ドイツ人」になってしまえばさらに安泰かもしれないけれど、当然ながら彼らのアイデンティティはそれだけではないし、彼らの存在はそこに収まるものでもありません。
そこで難民の側が「先生」になり、いつもは受け入れ、保護し、何かを与える側のドイツ人が「生徒」になるというアイデアを思いつきました。関係を逆転させるのです。難民たちの多くはプロの教師や研究者ではありません。しかし、誰しも生きていればその人なりの知恵や知識を蓄えていきます。さまざまな苦難を生き抜いてきた難民であればなおさらです。難民からそうした知を学ぶ場を「大学」と名づけ、講義の担い手を「教授」と呼ぶことにしました。「教授」は、自分を自分らしくしてきた事柄や経験を、そこから得た知恵や知識を、講義として語ります。
では、どこで授業をすればいいでしょうか?すぐにマクドナルドだと直感しました。それにはいくつか理由があります。一つ目は、マクドナルドが難民の人たちの「セーフティネット(安全網)」であり、彼らにとって重要な場所だからです。二つ目は、ヨーロッパのレストランで、働く人とお客さんの両面にわたり、最も移民や難民を受け入れ、一つの共生のモデルをつくっているのはマクドナルドだからです(日本でも同じかもしれません)。劇場や美術館は難民の受け入れを声高に叫びますが、ほとんどの場合、“作品の中”や“舞台の上”にしか難民は登場しません。“客席”に難民はいないのです。ところがマクドナルドは、キッチンから客席までさまざまな人が入り混じっています。実際に多文化・多民族の共生を実現しているマクドナルドは、来るべき「未来の劇場」とさえ言えます。近所にあるマクドナルドで、アカデミズムや西洋文化からこぼれおちた多様な知に触れることができたら、学びの可能性はどれほど広がることでしょう。
こうしてフランクフルトで始まったプロジェクトは、ベルリン、東京、香港、金沢、ブリュッセル、ウルサンと移動してきました。それぞれの町に暮らす移民や難民の人たちが講義をつくり、マクドナルドの店舗や、美術館や劇場で、「授業」を届けてきました。今では40個以上の講義があります。
鳥取では鳥取県立博物館に招かれ、一緒に準備を進めてきました。なんと今回は、『マクドナルドラジオ大学』を鳥取県内のマクドナルド全店舗で開校します。「開校」といってもライブで授業を行うわけではありません。本人が朗読した講義の音声を聴ける「ラジオ大学」です。といってもラジオではなくスマホを使います。皆さんに聞いてほしい講義を14個選び、鳥取でも新たに3つの講義をつくりました。鳥取の「教授」たちは難民ではありませんが(その中の1人はマクドナルドクルーです)、彼らもまた独自の視点で世界を見ている人たちです。ハンバーガーやポテトを食べながら楽しめますし、その気になれば17個の講義すべてを聴くことができます。科目は、建築、哲学、文学、生物学、ジャーナリズム、スポーツ科学、料理、社会学、メディア学、機械加工学、昆虫学・・とバラエティに富みます。「教授」たちは、シリア、アフガニスタン、イラン、エリトリア、ガーナ、ソマリア、スーダン、パレスチナ、中国、コンゴ、日本・・などから、何らかの理由で別の国に渡り、その地で新しい生活を始めた人たちです。マクドナルドに行くだけで、彼らの知に出合うことができます。マクドナルドの片隅に、世界へと通じる小さな窓が開くのです。
『マクドナルドラジオ大学』にようこそ!
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